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 「目覚まし時計」 / 縁側童子

 部屋に置いている目覚まし時計が止まって久しい。内部機構の故障などではなく、単なる電池切れなのだが、一向に電池を入れ替えようと思わない。再び動かそうという気が起きない。というのも、携帯電話や腕時計があるので、強いて目覚まし時計を用いる必要がないのだ。
 目覚まし時計とは名ばかりに、枕元から離れた窓際で、置物然として居座っている緑色の物体。目覚ましらしく喚きたてることもなければ、時計らしく一定の調子で時を刻むこともない。これはもはや「目覚まし時計」とは呼べないだろう。だが、やかんでもなければまな板でもなく、お松や花子という名があるわけでもないそれは、やはり目覚まし時計と呼ぶほかない。
 どこからどうみても目覚まし時計だが、その実まったく目覚まし時計ではない。寝ている上へ吊るしておいて、落ちてくれば、目覚ましとしての役割を果たせるかもしれないが、それでは決定的に時計ではない。鈍器だ。
 いや、起床の時刻に落ち得るならば、時計と云えるかも知れぬ。だがそれは、あくまで空想の上に建つ妄想の家に住む仮定の話に過ぎない。こいつにそのような芸当ができるはずもない。
 黙ったままの目覚まし時計を手に取り、背のつまみをひねって、針を動かす。反時計回りに針を回して、お手軽時間遡行をたのしむ。時計は抗議しない。
 手ずから造った時計が、どこの馬の骨とも知れぬ電池がへばったせいで役立たずとなるのだ、時計職人もさぞ不本意だろう。だがそのように造ったのはその職人だ。ごねるところではない。惜しむべきはこのような主人の手に渡ったことだろう。
 目覚まし時計は、戯れによって定められた時刻を示したまま、何ひとつ云わずこちらへ文字盤を向けている。心持ちがすかず、目を背けた。
 必要のないその時計をまだ捨てずにいる。

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