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 「流れ星」 / 大和タケル、賽藤点野、川島椰丘

 寝台の上に座り、俺は窓の外を眺める。もう夜は遅く、真っ暗な闇となった外に時折見える光が左から右へと走っていく。果たして、あの光はどこへ向かうのか。そもそも、俺はどこへ向かっているのか。だが、そんなことを考えたところで意味がない。俺は寝台の上で横になり、天井を見つめる。黒いシミがないかを探すが見つからない。しばらくの間、そうして過ごしていると、俺の横に誰かがやって来た。
 高校生、いや下手をすると中学生くらいの若い娘だった。長い髪を押さえつけるようにハンチング帽を被り、身体のサイズにおおよそ合わないような厚手のダウンジャケットを身にまとっている。娘は俺を見るとペコリ、と小さく頭を下げ、向かいの寝台に白いエナメルの鞄を置いた。
 娘は鞄の横に腰掛けると、先ほどの俺のように窓の外を見つめだした。その目はどこか虚ろで、まるでここにはない何かを見ているようでもあった。
「君はどこへ行くの?」
 俺は頭だけを隣に向けて訊ねた。娘はゆっくり俺に視線を向けて、かくんと首を傾げた。
「……あなたは?」
「知らない」
「そう」首の角度が戻る。「わたしも」
 俺はそれに納得して、また天井を仰いだ。シミ一つない虚空に図形を描く。円……四角……曲線……十字……二つ並んだ三角……Sの字――
「……ねぇ、流れ星って見たことある?」
 不意に、娘がそんなことを訊いてきた。
「流れ星?」
「そう、流れ星」
 娘の方を見ると、どこか悲しげな顔で俺を見ていた。俺は身体を起こし、娘の方に身体を向ける。
「流れ星でも見に行くのか? 一人で?」
「どうだと思う?」
 娘は表情を変えず、俺をじっと見つめる。その視線が怖くなって、俺は窓の外に目線を移す。
 その時、俺は初めて気付いた。闇ばかりだと思われた外の世界、その頭上では蒼く光る星空が広がっていた。町明かりの少ない場所に列車が出たのか、娘に流れ星の話を振られて意識がそちらに向いたせいかもしれない。
 星は人工的な明かりと違い、列車がどんなに速度を上げても空にとどまっている。これから一晩かけてゆっくりと移動していくのだ。俺はしばし娘のことを忘れその光景を眺めていたが、ふと視線を娘に移した時にハッとした。
 娘は泣いていたのだ。両手で顔を覆い、うなだれて肩を震わせている。それだけで俺は悟る。娘も、俺も、この列車の行き先を知っている。脳裏に浮かぶもの――天井の黒いシミ……薬品臭い寝台……顔を覆うマスク……身体中に刺さるチューブ……音の止まらない機械。
 俺は娘の横に座を移し、その細い肩を抱く。
「……ねぇ、流れ星って見たことある?」
「見ないな。……そんなものだよ」
 それきり二人とも沈黙する。娘は声を上げずに泣き続けている。

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