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 「垂れ流し ラブ アンド ピース」 / 和童子

 歌で世界なんて変えられねえ。
 いや、正確に云うなら、オレの歌では、か。
 最近、オレが駅前でギター掻き鳴らして、声張り上げながら思うことの第一位がそれだった。
 いくらオレが大声で愛を叫ぼうが、生に悶えようが、誰も振り返らねえ。オレの前をみんな素通りしていきやがる。そして、みんなにはオレが見えてねえんじゃねえかって妄想にオレの頭は支配されていくんだ。大サビのクライマックスが迫る程にその強迫観念は度を増していく。
 消えちまう。本当に消えちまう。そんな考えに震えながら、最後をアルペジオで弾き、咆える。恐怖でかすれたシャウトは、結構キマってる。けど情けねえのが、そんな時に決まってオレが泣いてるってことだ。しかも悔し涙じゃねえ。消えなかった。生きてて良かったって嬉し泣きしてんだ、オレは。
 ロックじゃねえ。まあ、オレがやってんのはポップスだけどよ。
 まあ、要はみんな不満顔で、結構満足してんだよ。だからオレが、手を取り合おう、抱きしめ合おうって歌ったところで、みんなは、間に合ってますってせかせかとどっか行っちまうんだよな。
 世界ってのは楽観する程キレイでもねえが、悲観する程腐ってもねえってワケさ。
 そうだよ、オレの歌が求められるような世の中になる方がヤベエんだよな。うんうん、オレが今日も無視されるってことは世界は平和ってことさ。いいことじゃねえか。
 ラブ アンド ピース。
 畜生、泣けてきた。

 あー、なんでだ……? うん、そう、それでいい。なんでだ、で合ってる。この状況はまさしく、なんでだ、だ。
 なんで、歌ってるオレの目の前に、つるつるの生脚が眩しい女子高生(ぽい)少女が体育座りしてやがるんだ。こんなこと今までになかった。そんでオレの理論によると、これは世界の破滅の予兆かも知れないワケで。この少女は、今オレの吐き出す愛と希望に満ちた、というかそれしかない、一〇〇%フレッシュなフレーズを求めているかも知れないワケで。オレはもしかしたら、少女の救世主になれるかも知れないワケで……?
「るーるるるるー」
 しまった。思わずキタキツネをよんじまった。
 少女がこっちを怪訝そうに見てるぞ。結構カワイイな。細めた目がまだデカイって、なにそれ。ツケマツゲ ノ チカラ?
「オジサン」
 少女が口を開いた。声もカワイイな。ちょっとハスキーだけど、語尾の辺りがほんの少し甘い響きになる。イイなあ。
 ん? オジサン? それはオレの事か? いや、まあ、確かに三五歳はオジサンか。オレは何となく動かしていた指を止めた。
「なにかな?」
「オジサン、歌ヘッタクソ、だね」
 ぐさッ、ときたね。でも、その声がまたイイんだわ。
「何でそんなんで歌ってんの?」
「……オレは歌い続けなきゃなんねえんだ。歌うことで今日も世界は平和だって確認してんのさ」
 でもよ、オレは今、ビビビっと閃いたぜ。少女、キミの声だよ。キミが歌えば、世界はあんがい簡単に変わっちまうかも知れねえぜ。オレがギターでキミがヴォーカル。それで世界変えちまうのも、アリだぜ。
「なあ、少女よ……あれ?」
 少女がいねえよ。アリャ、オレの妄想か?
 違った。少女は背の高いオトコと手え繋いで楽しそうに駅の方へ歩いていきやがった。
 世界は今日も平和だよ。いいことじゃねえか。畜生。
 どんどはれ!

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