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 「夜の自然公園にて feat.オジサン」 / 縁側童子

 十一月になると、もう夜は寒いのだ、ということを園田はシミジミ思った。シミジミ思えるのは、あったかーい缶コーヒーを懐に二本抱えているからで、夜闇にぼうっとした光を放つ自動販売機の前に立ち、投入するための十円玉の数を数えているときには、ワイはハワイに住むんやとしきりに唱えていた。ちなみに園田は普段関西弁は使用しない。
 高い棒の上に付いている時計が常夜灯に照らされている。文字盤を読むのに少してこずったものの、今は午後九時を五分ほど過ぎた頃らしいと分かった。何故、高いところに時計を置いたのだろう。
 午後九時。最近は普段みているテレビ番組が何曜日にやっているか覚えられていないので、九時というのが見逃してしまう時間なのかどうか判らなかった。
 まあどうせ帰るわけにはいかないのだと考え直し、今いる自然公園のなかにぽつんと建てられたプレハブ小屋への歩みを速める。
 暖房をつけていない小屋のなかは気温が外と大して変わらない気がした。
「コーヒー買ってきたぞ」園田が、小屋のなかで作業をつづけていた村山に声をかけた。
「ビックリした!」と云って村山は驚く。
 大袈裟な奴と思いつつ、園田は一言詫びを入れて、コーヒーを放って渡した。
「わっ、投げんな」
 村山は器用にも手を使わずに、コーヒーを胸で一旦受け、落ちていくのを両の膝で挟んだ。躰はこちらへ向けているものの、両手は背中側にある机の上に置いたままだ。
 なにかあると思い村山の手があるところを覗きみる。村山はその手の下にあったものを握りつぶした。それは作っておくよう頼んであった貼り紙のように園田にはみえた。
 園田は村山の手からそれを奪おうとするが、村山は抵抗する。しかし、体格で勝る園田が結局はそれを手中に収めた。
「無駄な抵抗はするな」
 そう云った園田はしわくちゃになった紙を広げてみて、村山がこれを隠したわけが分かった。
「なんて書くよう頼んだっけ、おれ」
 園田はいじわるく訊く。
「ベンチ、ペンキ塗りたて」
 村山がしぶしぶ答える。
「これにはなんて書いてある」
 園田はいじわるく訊く。
「ベンキ、ペンチ塗りたて」
 村山がしぶしぶ答えた。
 その後は、お前が書道の有段者だと云うから任せたのにだとか、さっき青く塗ったのは便器かいだとか、ペンチってどうやって塗るのだとか云って村山を散々からかった。
 村山がそろそろキレるかという時、怒号は思わぬほうからとんできた。小屋のドアが開き、管理人のオジサンがものすごい形相で怒鳴りこんできたのだ。
「テメェら、いつまでかかってんだ!」
 オジサンが云うには、先ほど自然公園内にカップルが忍びこみ、ベンチでイチャコラしようとしたところ、午後四時に塗りおえたのにまだ乾ききっていないペンキのせいで服が汚れ文句を云いにオジサンのところまで来たらしい。そんな輩は一喝して追い払ったオジサンだったが、そのカップルが貼り紙もなかったと云ったのを聞き逃さなかった。そして、件のベンチを確認したあと、この小屋へ突進してきたのだ。
 オジサンの説教を聞き流していた村山が園田に訊く。
「そもそもなんでこんなことやるハメになったんだっけ」
 のん気な村山に極力小声かつ唇を動かさないようにして説明してやった。高校のトイレで「トイレットペーパー以外は流さないで下さい」という貼り紙をみた村山が、自分の肛門からひりだした一本グソをビニール袋に入れてクラスまで持ち帰り、教室のゴミ箱に捨てた。そして園田はその日のゴミ捨て当番をサボタージュした。翌日、教室のうちには恐ろしい光景が広がり、その罰として、こうして奉仕活動をしているのだと。
「貼り紙ってのは重要なものだな」
 村山がシミジミ云う。園田もそうだなと思った。そして夜が更けていく。貼り紙ができた頃には、さすがにペンキは乾いていた。お前らムチャクチャだがよく頑張ったと云ってあったかーい缶コーヒーをくれたオジサンに、村山が現金くれと云ったので、オジサンが夜に吠えた。

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