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 「 二〇一二年三月合宿より〜伊東温泉と僕と全身浴〜」 / 今田ずんばあらず

 神経痛、筋肉痛、間接痛、うちみ、くじき……。

 伊豆伊東の伊東小湧園の露天風呂につかりながら、僕はこの温泉の効用に節をつけて歌っていた。
 文藝サークル〜綴〜の合宿は伊東だった。男四人で二泊三日というむさ苦しいものだったけど、僕は私用で二日目から合流した。
 合流早々、出来上がったばかりの『〜綴〜第九章』の合評が行われた。意見を聞くに、今回の僕の作品は良くも悪くもまとまりすぎていたらしい――、
 が、この紀行文で語るべきは、むさくるしい男のなよなよしい言い訳ではなく、ちょっとした温泉話のほうがいいだろう。

 伊豆半島東端のまち、伊東。日本有数の温泉街だ。僕も昔一度伊東の温泉に入ったことがあった。しかしながら、どうも記憶がはっきりしない。
 なぜか。
 原因の一つに、父が旅行好きで、幼いころから日本各地の温泉に入る機会があったことが挙げられる。旅先であびた温泉は、どれも肌がすべすべになる温泉で、母はいつも嬉しそうに自分の腕を撫でていた。父の選ぶ温泉は、美肌効果のある温泉が多く、それは不器用な父が、母への日頃の感謝を籠めたものだったのかもしれない。
 そうであれば実に感動的だが、つまるところ僕は「温泉=肌がすべすべになるお湯」という思い違いを抱いたまま育ってしまったのである。今でさえ、肌にまとわりつかないお湯は温泉ではないような気がしてしまう。刷込みはなんと恐ろしいことか。

 神経痛、筋肉痛、間接痛、うちみ、くじき……。

 今回の合宿で入った温泉に美容効果はない。味音痴ならぬ肌音痴の僕には、温泉なのか水道水なのかいまいちわからない。きっと昔入った伊東温泉も効用の中に美肌・美容は含まれていなかったのだろう。
 しかし、温泉は美容だけではない……いや、温泉はお湯の効能だけがすべてではないのだ。今回の合宿の成果は、合評とお湯の効用以外の「温泉」の発見にある。
 できれば露天風呂が好ましい。掛流し口から流れる源泉の音に耳を傾け、水面から立ちのぼる白い湯気を眺めてほしい。地元とは違う空気の香りを楽しんでみると、熱いお湯の中に入るだけが温泉でないことに気付くはずだ。そして、湯につかりながらこうして巡らせる他愛のない「思考」もまた醍醐味の一つだったりする。
 僕は今まで全身浴が何たるかを理解していなかったようだ。五感に思考を加え、全身を大いに活用してこそ、真の「全身浴」である。最近は半身浴が健康にいいというが、やはり「全身浴」のほうが心も体も休めると僕は思うのだ。

 ちなみに五感の「味覚」に関してだが、この伊東小涌園は伊東温泉で唯一飲泉ができる。肌音痴で味音痴の僕だけど、普通のお湯よりなめらかで甘い味がした。本当の「全身浴」を楽しみたいのであれば、伊東小涌園は恰好の場であることを追記しておく。

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