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 「ゆりかごの外の夢」 / 希明情仰、ドン=KAMAMESHI、ドンドコ太郎

 夢を見た。遥か遠くにレールの上を走っていた筈の列車。わたしの憧れた造形が眼前を走り抜けていく。走る姿は見えども、音も、走り抜けた時に巻き上がった風の感触も何も伝わってこない。そう。わたしはこの列車、寝台列車を見ることしか出来ない。乗ることも寝ることも、列車を感じることさえ出来ないんだ。手を走っていった列車に向けて伸ばしていく。遠く、遠く、離れていくその願いを掴もうとして……しかし、列車は走り去っていく。星座の名を掲げた車両は闇夜に向かって消え去った。夜になれば窓からは光が漏れるであろう。その姿はきっと陸を流れる星のように美しいに違いない。その光の中には何があるのだろう。きっとわくわくがあるに決まっている。だけれど、わたしはそこにはいない。わたしの中の希望の灯が小さくなって、わたしの周りには虚空が広がっていった。

 そこでわたしの意識は現実まで浮上した。目の前に広がっていたのは何の面白さもないただただ無機質な天井だ。ゆっくりとからだを起こす。鉛のようだった。何の前ぶれもなく覚醒したせいか自分の身は熱かった。わたしの夢は何だかとても気分の良かったものだった気がしていたのだが。同時に腹の底に水銀が沈んでいくような、とてつもない嫌な予感もしていた。理由は分からない。そこまで考えたところで、先ほどわたしと同じようにまどろみの淵に引っかかった人間が近くに座っていることに気がついた。
 窓の隙間からもれる一筋の光が彼を照らした。いつものように彼は『おはよう』と一言、わたしに発した。わたしも精一杯の朝の挨拶を彼に送る。彼は少し眠そうに立ち上がり、すぐ側にある花の差してある花瓶を手に取って、ちょっと行ってくるよ、と扉を指差した。わたしは手を挙げそれに応えた。彼が扉を開き、出て行った直後に、わたしはまた白いシーツの中に身を沈ませた。彼には言えないわたしの願い。きっと一生叶うことのない願い。

 上野駅のプラットホーム。そこからわたしはかの雪国を目指す。縦横無尽に行きかう雑踏。わたしは揺らぐ視界を抑え、鉄路を走る揺り籠を待つ。果たしてどれほど待ったであろう。その間にもわたしの視界は揺らぎを増していた。次の時にはわたしの視界は九十度傾いていた。わたしの頭を鉄が打つ。鈍く美しい音が奏でられ、わたしはまた夢の中へ沈む……

 そう思った。わたしの脳はまだ覚醒していた。むしろ、ずきずきと頭の皮膚を引き裂く痛みで澄みわたったといっても過言ではない。周囲から雑音が沸いたが、そんなことはわたしの知ったことではない。わたしは失血と痛みに震えに叱咤して立ち上がり、その右足を踏み出した。……今度はプラットホームとは逆方向に。
 わたしは彼のもとへと行かなければならない。またもう一度あの夢を見るために。次はわたしと彼が、同じ夢を見るために。

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