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 「僕の彼女は蝶に似ている」 / 川島椰丘

 僕の彼女は蝶に似ている。落ち着きがなくって優柔不断。庭園を飛び回る蝶のように、いつも決心や行動がふらふらしている。
 二週間前の前回のデート。映画を見に行こうと駅で午前九時に待ち合わせと決めていた。八時五十分に駅に着いた僕は、改札近くの柱にもたれて彼女を待っていた。行き交う人々の装いは秋の物が多くなっている。
 ところが九時を回り、十五分になっても彼女は姿を見せない。気になった僕は彼女に電話をかけた。
「今、駅近くの書店にいるの」彼女はそう答えた。「早く着きすぎちゃって、暇をつぶしてたの」
 僕は書店に出向いたが、店内は広く込み合っていてすぐには見つけられなかった。やっと見つけた彼女は、黄色いシャツにデニム生地のジャケット、ボトムはグレーのミニスカ、それにブーツを合わせた装いで、両手にそれぞれ文庫本を持っていた。
「どっちのほうが面白いかな?」彼女が呟いた。
「どっちも面白いんじゃない?」僕は投げやりに答えた。「ほら、映画が始まるまで三十分もないよ。行こう」
「ちょ、ちょっと待ってよ」彼女はなお悩んでいる。「うーん……、あ、こっちのも面白そう! あぁ、でもお金足りないなぁ……」
 手元の本が三冊に増えてしまった。彼女が助けを求めるように見つめてくる。ため息をついた僕は彼女の手から三冊ともを取り上げた。そしてそれらをレジに持っていき、二人分の映画のチケット代を犠牲にして支払ったのだった。
 僕としては、何事も予定通りになることを好む。そうでないとイライラするのだ。けれど僕の彼女はそれを許さず好き勝手に動く。僕はもちろんイライラするのだけれど、なぜか彼女のことだと許してしまうのだ。彼女が可愛くて怒る気になれないとか理由は色々あるだろうけど、確固とした理由はどうにも挙げられない。
 閑話休題、今日もまた午前九時に駅で待ち合わせて映画を見に行こうと思っている。そもそも、映画を一緒に見に行きたいねと付き合いだした頃に言ったのは彼女のほうだ。なのにいまだ一度も果たせずにいる。
 八時半から待っているのに、九時になっても彼女は現れなかった。行き交う人々の中に彼女の姿はない。今回は早めに電話をかけてみる。すると、まだ家にいて服に悩んでいるのだと言ってきた。口頭で説明されて選んでといわれても困る。
「右手に持った服でいい」僕はおざなりに回答して電話を切った。柱にもたれかかりバッグから本を取り出す。前回のデートで彼女に買ってあげた本と同じものだ。あの日以前は知らなかったのだが、後日自分用に買い読んでみたところ、思いの外面白い。彼女が見つけていなかったら、一生知ることはなかっただろう。
 もしかしたら、とふと思った。僕が彼女を許してしまうのは、彼女が僕の知らない物事に気づかせてくれるからなのかもしれない。予定や計画に自分の考え付かないことを組み込むことはできない。一方で世界には、あの本の内容のように、僕の知らない物事がたくさんある。それを彼女を通して知ることが、イライラの原因であれど、楽しいのだと思っているのかもしれない。
 十時近くになった頃、僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。顔を上げると、彼女が手を大きく振って駆けてくる。白いブラウスにグレーのセーター、七分丈のジーンズに足にはスニーカー、活発そうな印象の装いだ。
 僕の彼女は蝶に似ている。落ち着きがなくって優柔不断。そんな彼女は今日どんな知らない世界に僕を連れて行ってくれるのだろうか。そんなことを考えながら、僕は手を振り返した。

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