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 「歌」 / 藤井祐喜

 言語上の制約。アクセント、単語の長さ、文法、発声法、息継ぎ。話す分には問題無い言葉も、歌うとなれば話は別だ。全ての制約を曲に乗せ、音に変換する。それでいて意味の喪失は許されない。機械的ではなく、情緒的でなければならない。歌は、その全ての枷をクリアして生まれる。
 しかし彼の創り出した歌専用人工言語はそれら制約を、障壁を、枷を、全て取り払った。
 後に「呪文」と呼ばれるに至る悪魔の言語を創り出したのは、歌が好きな一人の言語学者だった。
 言葉には魔力がある。言霊思想のみならず、世界に散見される言い伝え。呪文はその最たるものだった。世界にアクセスし、使役する。時に死者をも蘇らせ、時に人を操り、時々愛を囁く。歌は言葉の何倍もの魔力を帯びて、人々の口から現れては、人々の耳へと消えていった。
 歌は娯楽の道具ではなく、戦術的武器であり、戦略的兵器となった。
 歌言語を創り出した彼は、老いてなお兵として駆り出された。戦場で飛び交うは怒号ではなく、歌声。それで人は死に、蘇る。如何な盾にも防ぐことはかなわず、如何な矛よりも鋭く、神にさえ成し得なかった御業をも眼前へと生み出した。
 彼は悔恨と苦悩を歌った。歌い続けた。そしてひとつの決断を、その願いを歌った。
――平和と消滅
 彼の魔力は、言葉は――歌は、世界を駆け、歌言語と魔力を奪い去った。
 今も残る「歌」はその残り。ただの音と、それぞれの言葉の羅列。
 けれど、歌が万人の心に届くのは、歌が魔力を帯びていた頃の名残なのかもしれない。
 歌は、平和をもたらす呪文である。

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